東武実録2
江戸幕府が編纂した二代将軍徳川秀忠の事績録。全40巻17冊。
徳川家康が死去した元和2年(1616)正月朔日条から徳川秀忠が死去する寛永9年(1632)12月までを編年体で記載する。
旗本の松平忠冬が、天和3年(1683)12月に徳川綱吉の命を受け、翌年の貞享元年11月に浄書終了後、12月3日に献上された。忠冬は、『家忠日記』を残した家康の武将松平家忠の流れをくむ深溝松平の系統で、のちに『家忠日記増補追加』を献上したことでも知られる。
書名の「東武」は、武蔵国ないしは江戸の別称であるが、本書では江戸幕府を指す。記述は比較的簡略であるが、幕府の法令等原文を収録している点に特色がある。
『東武実録』の献上本は現存しないが、写本は数多い。今回の翻刻にあたっては、国立公文書館の旧内閣文庫本を底本とし、詳細な校訂注(人名・地名)と標出(頭注)を施し利用の便宜を図った。
影印は、汲古書院より刊行された『内閣文庫所蔵史籍叢刊』に所収されている。
徳川家康が死去した元和2年(1616)正月朔日条から徳川秀忠が死去する寛永9年(1632)12月までを編年体で記載する。
旗本の松平忠冬が、天和3年(1683)12月に徳川綱吉の命を受け、翌年の貞享元年11月に浄書終了後、12月3日に献上された。忠冬は、『家忠日記』を残した家康の武将松平家忠の流れをくむ深溝松平の系統で、のちに『家忠日記増補追加』を献上したことでも知られる。
書名の「東武」は、武蔵国ないしは江戸の別称であるが、本書では江戸幕府を指す。記述は比較的簡略であるが、幕府の法令等原文を収録している点に特色がある。
『東武実録』の献上本は現存しないが、写本は数多い。今回の翻刻にあたっては、国立公文書館の旧内閣文庫本を底本とし、詳細な校訂注(人名・地名)と標出(頭注)を施し利用の便宜を図った。
影印は、汲古書院より刊行された『内閣文庫所蔵史籍叢刊』に所収されている。
$5,280.00
Original: $17,600.00
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江戸幕府が編纂した二代将軍徳川秀忠の事績録。全40巻17冊。
徳川家康が死去した元和2年(1616)正月朔日条から徳川秀忠が死去する寛永9年(1632)12月までを編年体で記載する。
旗本の松平忠冬が、天和3年(1683)12月に徳川綱吉の命を受け、翌年の貞享元年11月に浄書終了後、12月3日に献上された。忠冬は、『家忠日記』を残した家康の武将松平家忠の流れをくむ深溝松平の系統で、のちに『家忠日記増補追加』を献上したことでも知られる。
書名の「東武」は、武蔵国ないしは江戸の別称であるが、本書では江戸幕府を指す。記述は比較的簡略であるが、幕府の法令等原文を収録している点に特色がある。
『東武実録』の献上本は現存しないが、写本は数多い。今回の翻刻にあたっては、国立公文書館の旧内閣文庫本を底本とし、詳細な校訂注(人名・地名)と標出(頭注)を施し利用の便宜を図った。
影印は、汲古書院より刊行された『内閣文庫所蔵史籍叢刊』に所収されている。
徳川家康が死去した元和2年(1616)正月朔日条から徳川秀忠が死去する寛永9年(1632)12月までを編年体で記載する。
旗本の松平忠冬が、天和3年(1683)12月に徳川綱吉の命を受け、翌年の貞享元年11月に浄書終了後、12月3日に献上された。忠冬は、『家忠日記』を残した家康の武将松平家忠の流れをくむ深溝松平の系統で、のちに『家忠日記増補追加』を献上したことでも知られる。
書名の「東武」は、武蔵国ないしは江戸の別称であるが、本書では江戸幕府を指す。記述は比較的簡略であるが、幕府の法令等原文を収録している点に特色がある。
『東武実録』の献上本は現存しないが、写本は数多い。今回の翻刻にあたっては、国立公文書館の旧内閣文庫本を底本とし、詳細な校訂注(人名・地名)と標出(頭注)を施し利用の便宜を図った。
影印は、汲古書院より刊行された『内閣文庫所蔵史籍叢刊』に所収されている。