ナッシング・グレートの臨床哲学
気づきの感性を磨く
私たちは本来、空(ゼロ)トポス、すなわち言語以前の主客未分・自他無分別の純粋体験の世界を生きている。そのとき、心の病の背後にあるものとは――自己への気づきのための理論と方法を仏教のテキストに学び、臨床実践に活かす。
たとえば、コンビニで百円のパンを一個買うとしよう。レジの人は、前の客の支払いが済むと、必ずレジスターのクリアキーを押して前の客の計算額をいったんゼロへリセットしてから、次の客の金額を打ち込む。あたりまえのこと。……問題は、筆者が現役時代従事していたサイコ・セラピーにおいても、必要に応じて適宜にクリアキーを押しているかどうかである。問題解決を急ぐあまり、ゼロ・ポイントへリセットすることを疎かにしているのではないか。そのことが気がかりなのである。(「はじめに」より)
●著者紹介
十島空我(としま くうが)
本名 十島雍蔵(としま やすぞう)
社会福祉法人 吾子の里 会長
鹿児島大学名誉教授/志學館大学名誉教授
九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了(1965年) 文学博士(1968年)
臨床心理学/家族システム療法/福祉心理臨床学/仏教心理学を専門とする
サティ 気づけば変わる:釈迦の精神療法(2021年)
T式カップル言語連想法:治療的会話の継続と展開のツールとして(2010年)
家族システム援助論(2001年)
心理サイバネティクス(1988年)
童話・昔話におけるダブル・バインド:思惟方式の東西比較(1992年)
いずれもナカニシヤ出版刊,などの主著がある。
私たちは本来、空(ゼロ)トポス、すなわち言語以前の主客未分・自他無分別の純粋体験の世界を生きている。そのとき、心の病の背後にあるものとは――自己への気づきのための理論と方法を仏教のテキストに学び、臨床実践に活かす。
たとえば、コンビニで百円のパンを一個買うとしよう。レジの人は、前の客の支払いが済むと、必ずレジスターのクリアキーを押して前の客の計算額をいったんゼロへリセットしてから、次の客の金額を打ち込む。あたりまえのこと。……問題は、筆者が現役時代従事していたサイコ・セラピーにおいても、必要に応じて適宜にクリアキーを押しているかどうかである。問題解決を急ぐあまり、ゼロ・ポイントへリセットすることを疎かにしているのではないか。そのことが気がかりなのである。(「はじめに」より)
●著者紹介
十島空我(としま くうが)
本名 十島雍蔵(としま やすぞう)
社会福祉法人 吾子の里 会長
鹿児島大学名誉教授/志學館大学名誉教授
九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了(1965年) 文学博士(1968年)
臨床心理学/家族システム療法/福祉心理臨床学/仏教心理学を専門とする
サティ 気づけば変わる:釈迦の精神療法(2021年)
T式カップル言語連想法:治療的会話の継続と展開のツールとして(2010年)
家族システム援助論(2001年)
心理サイバネティクス(1988年)
童話・昔話におけるダブル・バインド:思惟方式の東西比較(1992年)
いずれもナカニシヤ出版刊,などの主著がある。
$792.00
Original: $2,640.00
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気づきの感性を磨く
私たちは本来、空(ゼロ)トポス、すなわち言語以前の主客未分・自他無分別の純粋体験の世界を生きている。そのとき、心の病の背後にあるものとは――自己への気づきのための理論と方法を仏教のテキストに学び、臨床実践に活かす。
たとえば、コンビニで百円のパンを一個買うとしよう。レジの人は、前の客の支払いが済むと、必ずレジスターのクリアキーを押して前の客の計算額をいったんゼロへリセットしてから、次の客の金額を打ち込む。あたりまえのこと。……問題は、筆者が現役時代従事していたサイコ・セラピーにおいても、必要に応じて適宜にクリアキーを押しているかどうかである。問題解決を急ぐあまり、ゼロ・ポイントへリセットすることを疎かにしているのではないか。そのことが気がかりなのである。(「はじめに」より)
●著者紹介
十島空我(としま くうが)
本名 十島雍蔵(としま やすぞう)
社会福祉法人 吾子の里 会長
鹿児島大学名誉教授/志學館大学名誉教授
九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了(1965年) 文学博士(1968年)
臨床心理学/家族システム療法/福祉心理臨床学/仏教心理学を専門とする
サティ 気づけば変わる:釈迦の精神療法(2021年)
T式カップル言語連想法:治療的会話の継続と展開のツールとして(2010年)
家族システム援助論(2001年)
心理サイバネティクス(1988年)
童話・昔話におけるダブル・バインド:思惟方式の東西比較(1992年)
いずれもナカニシヤ出版刊,などの主著がある。
私たちは本来、空(ゼロ)トポス、すなわち言語以前の主客未分・自他無分別の純粋体験の世界を生きている。そのとき、心の病の背後にあるものとは――自己への気づきのための理論と方法を仏教のテキストに学び、臨床実践に活かす。
たとえば、コンビニで百円のパンを一個買うとしよう。レジの人は、前の客の支払いが済むと、必ずレジスターのクリアキーを押して前の客の計算額をいったんゼロへリセットしてから、次の客の金額を打ち込む。あたりまえのこと。……問題は、筆者が現役時代従事していたサイコ・セラピーにおいても、必要に応じて適宜にクリアキーを押しているかどうかである。問題解決を急ぐあまり、ゼロ・ポイントへリセットすることを疎かにしているのではないか。そのことが気がかりなのである。(「はじめに」より)
●著者紹介
十島空我(としま くうが)
本名 十島雍蔵(としま やすぞう)
社会福祉法人 吾子の里 会長
鹿児島大学名誉教授/志學館大学名誉教授
九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了(1965年) 文学博士(1968年)
臨床心理学/家族システム療法/福祉心理臨床学/仏教心理学を専門とする
サティ 気づけば変わる:釈迦の精神療法(2021年)
T式カップル言語連想法:治療的会話の継続と展開のツールとして(2010年)
家族システム援助論(2001年)
心理サイバネティクス(1988年)
童話・昔話におけるダブル・バインド:思惟方式の東西比較(1992年)
いずれもナカニシヤ出版刊,などの主著がある。